先日の自民党総裁選で圧勝し、

次期総理になることが確定した 義偉氏。

 

安部政権下では

官房長官として総理をサポートし、

令和の元号発表の際には

令和おじさん」として

人気を博したことで有名ですね。

 

ニュースではよく菅さんのことを

叩き上げ」「苦労人

取り上げられていますが、

菅さんはいったいどのような

人生を送ってきたのでしょうか。

 

今回は、そんな菅さんの

学歴や経歴、苦労したエピソード

などをご紹介したいと思います。

 

菅義偉(すがよしひで)プロフィール

 

 

生年月日:1948年12月6日(71歳)

(2020年9月現在)

出身:秋田県雄勝郡秋ノ宮村(現湯沢市)

血液型:O型

家族:妻、息子3人

趣味:渓流釣り、ウォーキング

 

菅さんは政治家にしては珍しく、

目立つことを嫌う謙虚な性格です。

 

お酒は飲まず選挙時の昼食は

マクドナルドやジョナサンで

済ますという庶民派でもあります。

 

好物はパンケーキで、

たまにの贅沢として食べる姿が

可愛らしいと以前話題になりましたね。

 

菅さんは政治とは無関係な

秋田県のイチゴ農家の長男として

育ちました。

(兄弟は、姉が2人と弟が1人。)

 

ここで作られている「秋ノ宮いちご」

菅さんのお父さんが、

一代でブランド化に成功させました。

 

菅さんは農家を継ぐのかと思いきや

高校卒業後に段ボール会社へ集団就職をしました。

 

しかし進学の夢を諦められず、

その後、大学に進学し

サラリーマン生活を経た後、

政治の世界に入られたそうです。

 

妻の真理子さんは、

議員秘書時代の同僚の姉で、

結婚後3人の息子に恵まれました。

 

菅さんは教育熱心で、

東大に入った息子もいるそうですが、

政治の道に進むつもりはないそうで、

それぞれ民間企業で働いています。

 

ちなみに、人気バンドRADWINPSの

ボーカル・野田洋次郎さんは

菅さんの三男の中学時代の同級生で、

家を行き来するほど

仲が良かったそうですよ。

 

菅義偉の学歴について

小学校

菅さんの出身小学校は、

雄勝町立秋ノ宮小学校です。

※現・湯沢市立雄勝小学校

 

小学校時代の菅さんは人気者で、

休み時間は自然と人が

集まってきていたそうです。

 

またスポーツ万能で、

相撲、野球、バスケ、陸上など

数々の競技の選手に選ばれていました。

 

中学校

菅さんの出身中学校は

雄勝町秋ノ宮中学校です。

※現・湯沢市立雄勝中学校

 

中学時代の菅さんは、

野球部に所属し守備はサード、

一番打者を務めていました。

 

打率は4割と当時はかなりの運動神経を

発揮していたようです。

 

高校

菅さんの出身高校は、

秋田県立湯沢高校です。

 

この高校は菅さんの家から

一番近い高校でしたが、

それでも片道2時間もかかる

超遠距離通学をこなしていました。

 

あまりに時間がかかるため、

部活もできなかったそうですが、

その代わりに成績をぐんぐん伸ばし、

進学組に所属していたそうです。

 

大学

高校卒業後は

集団就職をした菅さんですが、

進学への夢を諦めきれず、

お金を貯めて法政大学法学部に入学!

偏差値は67~69の難関大学です。

 

法政大学を選んだ理由は、

一番学費が安かったからだそう。

 

入学後は勉強の傍ら、

ガードマンや新聞社などの

たくさんのアルバイトを掛け持ちし、

その上、空手部・剛柔流空手部にも

所属するというハードスケジュール

送っていました。

 

運動部に入った理由は、

厳しいところで自分を鍛えたい」からと、

かなり自分に厳しく真面目な性格だった

ということがわかりますね。

 

菅義偉の経歴について

1967年:段ボール会社に就職

1969年:法政大学に入学

1973年:建電設備株式会社に就職

1975年:政治家を志し、議員秘書になる

1987年:神奈川県横浜市議選に初当選

1996年:第41回衆議院議員総選挙初当選

2006年:総務大臣

2011年:自由民主党組織運動本部長

2012年:内閣官房長官国家安全保障局担当

2014年:内閣官房長官沖縄基地負担軽減担当

2018年:内閣官房長官沖縄基地負担軽減担当・拉致問題担当

2020年:99代内閣総理大臣就任

 

菅さんが最初に就職したのは

段ボール会社ですが、

社会の厳しさに耐えられずに

2ヵ月で退職してしまいます。

 

その後お金を貯めて大学へ進学、

民間企業に就職しますが、

世の中を動かしている政治に人生を懸けたい

という思いが強くなり、

大学のツテを頼りに議員秘書になりました。

 

議員秘書から市議会議員、

国会議員と順調にキャリアを

積んでいったように見えますが、

始めは地盤なし看板なし

カバンなしからのスタート。

 

持ち前の粘り強さ人当りの良さ

地道に人脈を作り上げていったのです。

 

大臣になってからの働きぶりは目覚ましく、

第一次安倍内閣の時代には、

ふるさと納税の導入や

夕張問題の解決、NHK改革など、

1年間で19もの制度法律をつくり、

実力派の大臣として大活躍されました。

 

2016年には官房長官としての

任期間歴代1位となり、

長期に渡る安倍内閣の右腕として

政権を支えてきました。

 

2019年には元号発表という大役を

与えられ、新元号令和

発表したことで一躍有名人になりましたよね。

 

翌年2020年は

コロナ対応などに追われる中、

安倍総理の持病悪化による辞職があり、

菅さんは次期総理大臣に選出されました。

 

長きに渡る活躍を見せている

菅さんですが、モットーは

初心を忘れず

意志あれば道あり

 

今までの政治家とは一味違う

これまでの経歴を生かして、

政界に新しい風を吹かせてほしいと思います。




ストイックで苦労人だった?

菅さんが高校を卒業した当時は、

中卒や高卒で集団就職する

という流れが一般的でした。

 

菅さんにはイチゴ農家を継ぐという

選択肢もありましたが、

東京で自分の力を試したいという思いもあり

高校卒業後は東京の段ボール会社に就職しました。

 

両親は菅さんに

イチゴ農家を継いでほしかったようで、

ほぼ家出同然のかたちで上京したそうです。

 

ちなみに、

現在菅さんの実家はご両親が亡くなり、

空き家になっています。

 

イチゴ農家も今はありませんが、

お父さんが「秋ノ宮いちご」を

ブランド化したため、

イチゴ自体は流通しているそうです。

 

そんな故郷に別れを告げ上京した菅さんは、

高卒で働くことの厳しさに加え

大学で学びたいという思いが強く

2ヵ月で退職しアルバイトをしながら

受験勉強をするという日々を2年間続けました

 

その後、私立の中で一番学費が

安かったという法政大学に入学。

 

いくら安いと言っても、

自分ひとりで生活費、受験費用、学費

すべてを捻出するのは

相当大変な生活だったと思います。

 

このストイックな生活は大学在学中も続き、

努力を惜しまないストイックな性格で見事、

留年することなく大学卒業を果たしました。

 

苦労した学生時代の経験があるからこそ、

政治家の生まれではなく、

地盤を持たないという逆境をも乗り越えて、

政治家として多くの実績を残し、

ついには総理大臣

選出されたのだと思います。

 

まとめ

今回は2020年9月自民党総裁として

総理大臣に任命された菅 義偉さんについて

ご紹介しました。

 

政治家一家の生まれではなく、

サラリーマン上がりのさんは

以前から他の政治家とよく比較

されていましたが思っていた以上に

苦労人ストイックな性格であることが

わかりました。

 

これからは、

今までの経験を生かして、

国民に寄り添った政治をしてくれることでしょう。

 

これからの菅総理大臣

期待していきたいと思います!